最終修正日: 2025年2月28日
一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)
「ピア・レビュー(peer review)」は、研究におけるクオリティ・コントロール(質の確保・向上)のための基本的方法です。ピア・レビューの「ピア(peer)」は「同輩」、「レビュー(review)」は「査読・審査」という意味です。研究におけるピア・レビューとは、同じもしくは近い分野の研究者が互いを公正に評価することを意味しています。
ピア・レビューは、学術雑誌への論文掲載、研究会での口頭発表の是非や研究費申請の採択・研究者の採用・昇進、大学や研究機関の評価など、研究活動全般を支える重要な役割を担っています。
ピア・レビューは、研究者たちによる自律的な意思決定によって行われるものですが、ときに懸念すべき倫理的問題が生じることがあります。査読者には公正性ばかりでなく、原則、査読過程で得た全ての情報を機密として扱うことが要求されます。これらの情報を自分の研究や研究費申請に利用することは盗用であり、許されない不正行為です。査読過程において問題が生じる危惧がある場合には、査読者は速やかに査読依頼元(編集者や研究費交付責任者)に連絡し、指示を仰ぐ必要があります。査読を行う立場にある研究者は、責任ある科学者として使命感をもって行動することが求められています。
学術雑誌に掲載される論文のクオリティを確保する、研究費の助成に当たって質の良い研究申請を選ぶ、その基本的方法としてピア・レビューがあります。最近では、ピア・レビューの一環として、研究の信頼性についての基本的な確認が依頼される場合もあります。
ピア・レビューが機能するためには、全ての研究者が査読に対する基本的な心構えを持ち、ルールを理解する必要があります。例えば、指定された期限内に査読ができないほど多忙な場合には、査読を辞退することも適切な選択です。
もちろんピア・レビューにも課題はあります。ピア・レビューを行っても掲載論文の質に与える影響が限定的であること、また革新的な研究成果の発表や、そのような研究に対する研究費の交付を妨げる可能性があることについては、しばしば議論になります。(対案は多々提案されてきており、実際に使われているものもありますが、)論文や研究の質の担保のためにはピア・レビューが最も有効な方法であると考えられています。ピア・レビューがなくなれば、学術雑誌の論文の質は低下し、良い研究は埋もれてしまうでしょう。仮に不完全であったとしても、ピア・レビューがなければ、他の研究成果をもとに発展してきた研究は停滞するでしょう。研究計画を適正に評価し、優れた研究に対して研究費を交付するためには、ピア・レビューは極めて重要な過程であるといえます。
論文を査読する際には、主に三つの形式があります。
比較的新しい「ピア・レビュー」の形式として、学術雑誌への投稿者が投稿とほぼ同時に原稿を「プレプリントサーバー(preprint server)」にアップロードし、それを読んだ同分野の専門家がコメントを公開で書き込むものもあります。「プレプリント」とは「査読前の論文」を指します。例えば「bioRχiv(バイオアーカイヴ)」は、生命科学分野で主要なプレプリントサーバーです。
学術誌が実施する査読プロセスにおいて、査読者は専門家として客観的かつ独立な意見を提示することが求められています。したがって、査読者がこうしたプレプリントサーバーに投稿されたコメントを参考にすることは望ましくありません。
ピア・レビューにおいて、学術雑誌に掲載する論文と、研究費申請書の査読の手続きでは、評価の基準が異なります。学術雑誌は、編集者が論文のテーマに関する専門家に査読を依頼します。査読者が主に検討する基準は以下のとおりです。
査読者は、査読後論文の採択に関する評価を編集者に報告します。一般的には次のような評価となります。
最終決定として通知される評価は、学術雑誌によって多少の違いがあります。例えば一部の学術雑誌では、前述の2と3の間に「ある程度の修正のうえ再審査(moderate revision)」という評価が採用されています。また4をさらに二つのカテゴリ、すなわち「不採択だが、大幅修正した上で新規投稿を推奨する(rejection with encouragement to resubmit)」と「不採択であり、これ以上同テーマについての当該学術雑誌への投稿を受け付けない(outright rejection)」に分ける学術雑誌もあります。
査読者には守秘義務があります。査読者は、依頼時に利益相反の開示が必要で、レビューに当たっては高い専門意識と公正性を持つ必要があります。もし、自身に必要な知識が欠けている、あるいは評価にバイアスが生じうると思われた場合には、査読を辞退することが適切です。
国の研究費助成機関や民間の助成団体は、研究費の交付先を決定するために、研究計画を記した申請書の評価を行います。そのような場合にも、ピア・レビューが利用されています。ピア・レビューの仕組みを利用する目的は、特定の研究者を優遇することなく、価値ある計画に研究費を配分することによって、より良い研究を推進することにあります。通常、研究費申請書は以下を基準に審査されます。
査読者には守るべき倫理規範があります。例えばアメリカ化学会(American Chemical Society : ACS)が、2015年7月に発行した「化学研究の出版に関する倫理指針(Ethical Guidelines to Publication of Chemical Research)」[1] は、国際基準として著者・編集者・査読者の倫理的義務を定めています(2021年10月改訂)。これらの倫理指針には、次節以降で説明する内容が含まれており、通常、研究費申請の審査に際しても適用される基本的な考え方を共有しています。
公正性はピア・レビュー制度を維持するために必要不可欠です。投稿された論文の掲載・出版に関する決定や、研究計画に対する研究費の交付・却下の決定に関わる査読者は、公正性という倫理規範を厳守しなければなりません。
査読者は原稿を機密文書として扱う必要があります。論文の投稿者や研究費申請者の許可なしに、投稿された論文や申請書を第三者に配布してはいけません。また、論文が出版されるまで、特定の許可を得ない限り、その内容を自らの研究に利用してはいけません。査読者が内部あるいは外部の第三者に査読の手伝いを依頼するということもありえますが、そのような場合でも、編集者もしくは研究費交付の責任者の許可を得るまでは第三者と原稿を共有してはいけません。ここでいう第三者には、学生や同じ研究室の研究者以外に、自分より有資格者と思われる研究者も含まれます。査読後は、元の原稿、電子ファイル、原稿の複写など、原稿に関わるもの全てを破棄する必要があります。
アメリカ化学会(ACS)を例にとると、編集者の許可を得ない限り、査読者が投稿者と直接コミュニケーションを取ることは禁止されています。こうした規則はそれぞれの学術雑誌、学会、研究助成機関により異なるため、査読者は各々の規定を確認し、それを遵守する必要があります。
査読者は査読を依頼された場合、投稿論文の内容に関し十分な知識を持っているかどうか、自ら判断するべきです。もし確信が持てない場合は、査読を引き受ける前に学術雑誌の編集者や研究費交付の責任者と話し合うべきです。
論文や研究費申請書の査読に当たって、ときに査読対象に対しては批判的な評価が必要ですが、査読は個人的な攻撃であってはなりません。
査読における公平性とは、ある人の論文や研究費申請書を、他の人のものと平等に扱うことです。これはピア・レビュー制度の信頼性を確保するために不可欠です。研究者として、自らの研究領域に近い内容の論文の査読や申請書の審査の際には、とりわけ詳細な意見を付したり、回答に長時間をかけたりしがちですが、特定の査読や審査に対して他の案件とは異なる姿勢で臨むことは避けるべきです。また、特定の査読に故意に長い時間をかけず、迅速に行うことも公平性の一要素です。
一方、そもそも研究者の絶対数が少ないような研究領域においては、投稿者(あるいは申請者)に匿名であるはずの査読者が誰であるかがそれとなく分かってしまうことがあります。投稿者(あるいは申請者)の立場を懸念して、査読で批判を回避し、恣意的に好意的評価を下したいと思うかもしれません。こうしたことも、もちろん避けねばなりません。このように査読者には、査読制度の客観性を保った振る舞いが求められており、査読中(審査中)はもちろん、査読後(審査後)であっても、少なくも一定期間は自分が査読者であったことを明かすべきではありません。
学術雑誌の中には、投稿者が論文を提出する際、査読候補者の数名(例えば5名程度)の名前とメールアドレスを提出するよう求めるものもあります(望まない査読者候補の名簿を提出する場合もある)。そのような場合であっても、実際にその候補者に依頼するかどうかを判断するのは編集者です。
査読者を選ぶ立場の者たちの公正性も、ピア・レビュー制度の公平性を維持するために不可欠です。例えば、学術雑誌の編集者や研究費交付の責任者が査読者として誰を指名するかによって、その結果が大きく異なる可能性があります。したがって編集者や研究費交付の責任者が査読内容や査読者に適切に対処することも、公正性の重要な要素です。また、査読者を依頼する時には、公平性だけでなく、専門分野の現状についての的確な知識と理解も欠かせません。
ピア・レビューの制度は、査読者に利益相反の状況がないことが前提です。査読者の投稿者・申請者との個人的な関係性などが、評価に対して影響を与える可能性がある場合は、利益相反の影響を軽減もしくは排除することが重要です。研究者が完全に利益相反を回避することは困難であるかもしれません。
査読者は、自身の経済的利益相反や個人関係などの可能性がある場合、査読を行う前にそれらを全て学術雑誌や研究費助成機関に報告するべきです。この報告を受けて、依頼者は査読を希望するか、依頼を取り下げるのかを査読者に伝えます。
アメリカ化学会(ACS)は、利益相反の可能性があるときに研究者がとりうる対応について次のように解説しています[1]。
仮想的な事例を考えます。腎臓の膠原病(こうげんびょう)の専門家である日本キドニー学会のX理事は、『International Journal of Kidney Studies(国際腎臓研究誌)』から査読依頼を受けました。査読対象の論文は、腎臓の膠原病の特殊な形態であるループス腎炎の患者に関する新たな研究成果を発表したものでした。しかしこの研究成果は、X理事を一躍有名にしたループス腎炎についての仮説を否定する内容です。これに対しX理事は「自分はこの論文の査読を行う適任者であり、公平な評価ができる」と確信し、依頼を承諾する旨を編集者に連絡しました。
このケースについて、X理事はどのように対応するべきだったと考えられますか?
論文投稿者もしくは研究費の申請者にとって、論文ないし申請書の査読結果が明らかに不公平・不適切であると思われることがあるかもしれません。そのようなとき、投稿者は学術雑誌の編集者に連絡し、異議を申し立てることができます。ただし、可能ならば客観的な意見を得るなど、異議の当否について十分に検討・確認した上で、査読の公平性に深刻な問題があると判断された場合のみ異議申し立てをすべきです。異議が妥当であると思われた場合、編集者は再び原稿を検討しますが、別の査読者に依頼し、原稿のみならず異議の妥当性について再検討する場合もあります。
掲載・出版された論文に対して批判がある場合、大部分の学術雑誌は、掲載論文に対する批判を公開する機会を設けています。そうした批判は論文と同様の形式で記述され、査読を受けなければなりません。批判が採択され公開された場合、著者は反論の機会を与えられますが、その反論もまた同様に、査読を受けなければなりません。
近年では掲載・出版後のピア・レビュー(post-publication peer review)と呼ばれる、これまでとは異なる形式の批判・意見の提出方法があります。ウェブサイト「PubPeer(パブピア)」のように、掲載・出版された論文を研究者間で議論するサイトにコメントを投稿することは、広い意味では新しいピア・レビューの形態と言えます。どのような方法であっても、批判者は批判の内容について研究論文の査読と同様に責任を持つ必要がありますので、慎重に行わなければなりません。
学術雑誌の中には、投稿者が論文を投稿する際、査読者の選定のために最大5人の査読候補者の名前とメールアドレスを提出するよう求めるものもあります。ただしこれらは提案にすぎず、実際にその候補者に依頼するかどうかは編集者が決定します。近年、投稿者による不正として、偽の電子メールアカウントを査読者のものと偽り使用していた事例がありました。査読者候補(例:山田太郎教授)の実際のメールアドレス(例:Taro.yamada@xxuniversity.ac.jp)ではなく、著者が偽のメールアカウント(例:Taro.yamada@xxmail.com)を作成し、それを査読候補者のメールアドレスとして編集者に提出するような方法がとられました。編集者が山田教授に査読を依頼すると、この依頼は投稿者が管理する偽のメールアカウントに送信され、投稿者は査読者を装い自分自身の論文の査読の結果を提出しました。これはきわめて悪質であり、このような事例では不正行為として論文は撤回され、投稿者は懲戒処分の対象となります。
ピア・レビューの過程が効果的に機能するためには、論文投稿者、研究費申請者、査読者、編集者、研究費交付の責任者など、各々が責任を持ち行動する必要があります。ピア・レビューの公正性と信頼性を維持することは、今日の研究にとって不可欠なのです。