原稿作成日: 2016年7月29日
最終修正日: 2025年2月20日
ピア・レビューと利益相反
<教材提供>
一般財団法人公正研究推進協会(APRIN)
ピア・レビューと利益相反
ケーススタディ
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この春に大学でのポジションを得たばかりの中村友和助教は、今回初めて、所属する学会から、二つの論文の査読を依頼されました。

査読する論文の一つは、中村助教が取り組んでいるテーマとかなり似通っています。この査読論文が採択された場合、スケジュールからすると、中村助教の研究成果よりも先に出版・公表されることになりそうです。中村助教は、目の前の査読論文を「掲載不可(リジェクト)」としてしまうか、査読結果の報告を遅らせ、その間に自分の研究成果をまとめて公開しておきたいという誘惑にかられました。

もう一つの論文は、依頼のあった編集委員からは知らされていないものの、普段から研究上の交流がある山崎澄子先生の研究室の助教が投稿したことが推測できました。中村助教は山崎先生の科研費プロジェクトに関わっています。投稿論文には問題点も少なからず見られましたが、中村助教は、この論文が査読を通って公表されれば、このプロジェクトの継続にもプラスになるかもしれないと思っています。

  • 中村助教はこのままだと研究者として不適切な行動をしてしまいかねません。それはどのような意味において「不適切」なのでしょうか。
  • 査読を引き受けて実施するに当たって、研究者はどのような点に注意するべきでしょうか。
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はじめに
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「ピア・レビュー」とは「ピア(仲間)」、つまり同じ研究者同士で、お互いの論文など研究成果の査読や、研究助成に関する審査において、研究活動内容を評価・論評し合うことを意味します。

研究の質を確保する上で、ピア・レビューは欠かせません。査読という行為の中で、論文投稿者・研究助成金申請者の気がついていない指摘を行ったり、問題点を指摘したりして、研究内容を向上させる機会を提供します。そのようにして質的に改善された研究の公表は、分野全体の発展につながります。その意味で、学術誌からの査読や研究助成機関からの審査の依頼とは、その分野での貢献を認められ、かつ求められているということでもあるのです。

査読の結果は、論文の掲載可否や研究資金の提供に影響を与えます。よって、研究者は相応の責任を持って、査読を引き受けて実施する必要があります。ピア・レビューでは何に注意をすれば良いのでしょうか。


学習目標
  • ピア・レビューに伴う責任を理解する。
  • ピア・レビューに際して注意する点を理解する。
  • ピア・レビューの問題点を理解する。
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ピア・レビューの役割とは
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ピア・レビューの始まり

古来ギリシアの時代から、書物の中で他人の考えを引き合いに出すことは行われてきました。時代と地域を超えた学術上の交流は、古くから存在します。近世には印刷技術の発明で研究成果の出版もなされるようになりますが、互いの評価の伝達手段は手紙が中心でした。王立協会(Royal Society of London)の初代事務局長であったヘンリー・オルデンバーグ(Henry Oldenburg, 1618-1677)は、1665年、研究成果を発表する場としてPhilosophical Transactions(『哲学紀要』)という機関誌を創刊し、論文の質保証の意味から、周囲の専門家に意見を聞くようになりました。これが現代に続くピア・レビューという査読システムの始まりです。学術論文だけでなく、研究助成金の申請書の審査に際しても、ピア・レビューが導入されています。多くの領域において、こうしたピア・レビューというハードルを乗り越えて誌上発表できる能力と粘り強さが研究者に求められるようになりました。

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ピア・レビューのプロセス

学術誌の編集委員会や研究助成機関の審査委員会は、投稿論文や研究費申請書の内容に詳しい複数の研究者に査読を依頼します。学術誌や研究助成機関にもよりますが、多くの自然科学分野と同様に、人文学・社会科学分野では査読者と論文投稿者・研究助成金申請者を相互に匿名にするダブル・ブラインドや、査読者のみを匿名にするシングル・ブラインドによって査読を行っています。

投稿論文の査読に際し、査読者は以下のような観点から内容を精査します。

  • 論文に書かれた内容が投稿された学術誌の目的・方向性・読者層に合致しているか
  • 論文に書かれた研究に価値(研究領域への貢献度)と新規性(オリジナリティ)があるか
  • 関連する先行研究に適切に言及しているか
  • 研究手法が適切であるか
  • 結果の説明や論述、表現等に不明瞭な点はないか
  • 学術誌の投稿規程に合致しているか

査読者は上記のような観点で論文を総合的に評価し、掲載決定(アクセプト)、修正の上掲載(マイナー・リビジョン)、大幅な修正の上掲載(メジャー・リビジョン)、掲載拒否(リジェクト)といった評価を編集委員会に伝えます。評価によっては、掲載拒否するものの、書き直した上での再投稿を推奨するといった場合もあります。

研究助成金の申請書について、審査員は研究内容だけでなく、実施体制や、研究計画に見合った予算額及び執行計画になっているかといった点も評価の対象とします。審査全体の体制は研究助成機関によって異なっています。例えば、日本学術振興会(JSPS)は、送られてきた申請書について専門家から構成される委員会を設置し、この委員会が申請書の評価に当たります。こうした過程は、省庁によって、また同じ省庁内でも募集内容によって、変わってきます。プロジェクト採択の可否のみならず、採択したプロジェクトの継続を検討するためにプロジェクト途中で再度評価する頻度も、研究助成機関によって様々です。

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ピア・レビューにおける倫理
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一般に、学術誌の査読や研究助成金の審査の際に行われるピア・レビューは、研究者が、専門家として自身の研究分野に貢献するという意識を互いに持つことで成立しています。査読者には、研究者としての職業意識に基づいて、論文投稿者・研究助成金申請者、学術誌の編集委員会や研究助成機関の委員会、読者、さらには社会に対する責任があります。

学術編集者の国際組織である科学編集者協議会(Council of Science Editors)は、「査読者の倫理的責任」と題する文書の中で、どの学術領域にもあてはまる事項として、次の6項目を提示しています[1]

1) 機密性
2) 建設的批判
3) 研究内容への精通性
4) 公平性、公正性
5) 利益相反の開示
6) 即応性
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1) 機密性

投稿された論文や研究助成金申請書には、新たな学説や手法で取得したデータなど、まだ公にされていない学術的知見が含まれています。編集委員会や審査委員会と査読者との間で投稿論文や申請書をやり取りする際には、電子ファイルや印刷物の管理を厳密にすることが求められています。例えば、同僚や指導学生などに対しても、その内容が目に触れないようにする必要があるでしょう。また、文書・口頭・SNS等を問わず、査読の経過や結果を第三者に漏らすのは厳禁です。

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2) 建設的批判

査読というプロセスは、「リジェクト」するためのものではなく、内容を改善するためのものです。査読した内容に不十分な点があったら、そう考える理由を説明し、さらには修正の助けとなる具体的な提案を行うべきです。査読コメントは投稿者に送られ、そのコメントに従って、投稿者は再投稿のための修正をしたり、別の学術誌への投稿を検討したりします。

この点に関して、一例として日本の社会言語科学会の「査読者心得」を引用します。

査読者は投稿者の指導教員ではなく、投稿者と対等の研究者である。査読者はその原稿のよい点を積極的に見つけ、不十分な点については建設的なコメントをするなど、学会誌に原稿が掲載できるように努力する[2]

研究助成金の申請の場合、単純な採否結果だけが伝えられることがほとんどですが、日本学術振興会の科学研究費助成金の場合は、採択に至らなかった際に、その応募分野の中での評価が示され、次年度の応募の参考にできます。

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3) 研究内容への精通性

査読者の任命は、学術誌の編集委員会や研究助成機関の審査委員会が行います。査読者候補として打診を受けた場合、査読を引き受ける際に、論文や申請書がとりあげている研究領域についての自身の専門性を考慮し、場合によっては査読を断るという選択もあり得ます。

人文学・社会科学の研究では、研究者が限られている分野や研究対象もあります。したがって、審査を引き受けた論文や申請書の内容全てに精通していることはなかなか難しいと思われます。自身の観点から査読を行い、査読の結果、適切なコメントができなかった部分があれば、それをきちんと学術誌の編集委員会や研究助成機関の審査委員会に伝えておくことも重要です。そうすれば、委員側でも、査読内容をきちんと判断できますし、以後の査読者選びにも役立ちます。

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4) 公平性、公正性

査読の評価やコメントは、査読者自身の解釈や主張といったバイアスがかからない、客観的なデータや事実に基づくものであることが基本です。特定の結論へと恣意的に導くような評価は不適切です。評価を受けた投稿者・申請者がその後に内容を改善する際の助けとなるような有益なコメントを心がけましょう。

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5) 利益相反の開示

利益相反を簡潔に定義すれば、査読者にとっての利害関係が、本来の職務に必要とされる客観的な姿勢を崩したり、判断を曲げたりする可能性を生じさせている状態となります。

利益相反に見える状態とは、職務上求められる公正かつ適切な判断が曲げられる可能性があるのではないかと、第三者から懸念される状態のことです。

利益相反については、以下の点に留意してください。

  • 利益相反は偏重・偏見を生じる可能性を意味するものであって、実際に偏重・偏見が存在するかを問うものではありません。
  • したがって、利益相反は、個人の持つ利害関係が実際にその個人の判断に影響を与えているか否かにかかわらず、存在します。

利益相反そのものは研究不正の対象とはみなされませんが、利益相反の状態は、研究不正の温床となる可能性があります。典型的な利益相反としては、企業との共同研究や、企業からの寄附金によって進めている研究成果の発表に際して、その企業に有利な結果のみを報告するといったものがあります。これは研究成果の捏造や改ざんにつながります。

学術上の利益相反は、論文などの審査の際にも生じることがあります。例えば、論文査読を引き受けた際、その論文が査読者自身の学説を支持するような中身であれば、好意的にコメントすることがあり得ます。それとは反対に、査読する論文が競争相手の研究者のものであれば、自分の論文を先に発表できるように、あるいは、自分が申請している研究助成金が採択されやすいように、過度に批判的なコメントとなったり、査読する論文の掲載可否の決定を遅らせたり、さらには、掲載不可との判断を示したりするかもしれません。

人文学・社会科学では研究者の数が非常に限られている分野もあり、ダブル・ブラインドであったとしても、論文のテーマや内容から査読依頼を受けた時に論文投稿者の素性がわかってしまう場合もあり得ます。例えば、自分と競争関係にある研究者(もしくはその指導学生)が投稿者であると推測され、客観的な査読が困難だと思われる場合には、査読を辞退するか、編集委員会に相談するのが適切でしょう。このような対応は、研究助成金審査の場合にも当てはまります。また、論文の投稿者・研究助成金の申請者と単に同じ機関に所属しているといっただけの関係性では、利益相反を問題視する必要はありません。

 米国歴史協会(American Historical Association)は専門家の行動規範に関する声明の中で、査読者が持ち得る利益相反について次のように述べています。
歴史家が利益相反の問題に出くわす場面の例として、ピア・レビューを行う時 ―― 例えば研究助成申請書や論文の査読時、学協会の年次大会の発表申し込みを審査する時、各賞の受賞者を決める立場に置かれる時―― がある。歴史家は利益相反あるいは、利益相反と見られそうな状況を自ら探し出し、場合によっては審査に加わらないという対応をとる必要がある。歴史家は自分の歴史家としての義務を差し置いて、金銭的な利益を得ようとしたり、得ようとしているように見える状態が生じたりするのを避けねばならない。審査対象がどのような人物であれ、個人的な「恩恵関係」「競争関係」「敵対関係」を感じさせる相手の成果については、審査に加わらないのが一般的である[3]

その他、利益相反には、信念に基づく相反もあります。これは、個人の信条・信念が研究の客観性に影響を与える場合をいいます。例えば、動物愛護・虐待防止の立場から、研究の中身がどうあれ、動物を使った実験と関わる研究に対して「中立的」見解が述べられないということはあり得ます。

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6) 即応性

査読者は役割上、編集委員会の意向にできるだけ沿うことが求められますが、その一つが、査読期限を守ることです。日本の社会言語科学会の「査読者心得」には次のように書かれています。

投稿原稿の掲載可否の決定が遅れることは投稿者に大きな不利益をもたらすことを自覚し、査読期限を厳守する。やむを得ない事情があるときには、すみやかに担当編集委員に連絡する[2]

定められた査読期限を守れないと最初からわかっている場合、一般的には査読を断るべきでしょう。断る際はできる限り早く伝えて、編集委員会が他の査読者を選べるようにすることが必要です。

なお日本では、対外的に査読規定を明示している学協会はまださほど多くありません。上記で、米国の学協会規定を主に紹介したのはそのためです。今後、研究倫理教育の環境整備と相まって、学協会としても対応が求められていくと考えられます。

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ピア・レビューへの疑義について
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全ての査読者が、ピア・レビューという行為に伴われるべき倫理的配慮を持ち得ているとは限りません。受け取った査読結果によっては、適切な評価を受けたとは考えにくいものもあるでしょう。

そうした場合、著者は編集委員会に連絡し、その判断に疑義や不服を申し立てることができます。例えば、「社会政策学会誌編集委員会規程」では次のように記述されています。

6. 疑義・不服の手続き 編集委員会は、論文等の投稿者から査読の内容もしくは採否の決定に関して疑義・不服が申し立てられた場合には、可及的速やかに申し立て者に回答しなければならない[4]

ピア・レビューの過程で守秘義務が守られなかったという証拠が出てきた場合も同様です。査読した論文の内容について、文書・口頭・SNS等を問わず、第三者に情報を漏らしたり、同僚や指導学生に話したりすることは、守秘義務違反です。また、指導学生やポスドクなどに論文の査読を代わりにやってもらうことも問題となります。適切な形で審査がなされなかった場合、申し立ての理由が適切であれば、編集委員会は再査読を求めたり、新たな査読者を追加したりといった対応をとります。

また、投稿した論文の内容が査読者と推測される人に盗用されたと著者が感じた場合、証拠とともに、編集委員会に相談するのが良いでしょう。盗用の疑いがあったとしても、著者が適切な手順で相談や告発をしない場合、査読者と推測した人から名誉毀損の訴えを受けるといった個人間のトラブルに発展する可能性もあります。

一方で、そうした倫理的配慮の欠如の問題とは別に、学際的・領域横断的な研究や、新奇な方法や対象を用いる研究のように、公平・公正に実施したとしても評価する能力を備えた査読者を選定できない、もしくは評価が難しい場合もあり得ます。これはピア・レビューというシステムの限界と言えます。

また、査読者としての責任を果たす中で、例えば、投稿された論文に似た論文を過去に読んだことがあったり、自分の研究成果に類した議論が展開されていたりするなど、これまでの自身の研究経験から盗用等の研究活動上の不正行為に気がつくこともあるかもしれません。そうした論文は不正等を理由にリジェクトとなりますが、その後、当該論文の著者が別の学術誌に同じ論文を投稿してくることもあります。過去に別の雑誌で引き受けた査読内容を明らかにすることは、厳密な意味では守秘義務違反となりますが、不正な論文が掲載されてしまうことを防ぐために、不正な投稿者に関する情報を学術誌間で共有することもアカデミアの自浄作用として必要かもしれません。ただし、ピア・レビューというプロセスの本来の目的は不正を発見することではないため、不正な論文が掲載されたとしても、査読者に責任が及ぶことはありません。

その他、人文学・社会科学系では、紀要論文におけるピア・レビューの問題があります。自分が所属する大学の紀要の類では、同じ研究室や学科の教員が査読を行うことが多いようですが、それは厳密な「ピア・レビュー」に該当せず、「査読付き」という扱いにするならば業績の水増しとみなされます。(「ピア」は直訳すれば「仲間」ですが、「身内」のことではなく、むしろ身内以外の研究者を指します。)他大学の同様の紀要に投稿する場合も、多くは「査読付き」に該当しないため、確認が必要です。

ピア・レビューと利益相反
まとめ
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ピア・レビューとは、研究者同士による論文や研究成果の質保証のシステムです。論文発表や助成金審査において、査読を引き受けた個人はもとより、学術誌の編集委員会や研究助成機関の審査委員会・著者・読者といったアカデミアの構成員全員がピア・レビューにおける倫理を適切に理解し、実践していく必要があります。

ピア・レビューと利益相反
[1]
Council of Science Editors. (2018). CSE’s White Paper on Promoting Integrity in Scientific Journal Publications.
http://www.seaairweb.info/journal/3.CouncilofScientific-Editors-White-Paper.pdf(最終閲覧日2025年2月19日)
[2]
社会言語科学会 (2015)「査読者心得」
http://www.jass.ne.jp/another/?page_id=415(最終閲覧日2025年2月19日)
[3]
American Historical Association. (2023). Statement on Standards of Professional Conduct.
https://www.historians.org/resource/statement-on-standards-of-professional-conduct/(最終閲覧日2025年2月19日)
[4]
社会政策学会(2011)社会政策学会誌編集委員会規程
http://www.jasps.org/sssp_kaisoku.pdf(最終閲覧日2025年2月19日)

本単元は、APRINの研究者コミュニティの協力を得て、日本の法律・指針その他に沿って作成された教材です。作成・査読に参加した専門家の方々の氏名は別に記載させていただきました

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